[第六話] 花のお江戸騒動記
お江戸の店に紳士軽衣料担当として赴任し半年余り経ったある日。
紳士服オーダー売場の方から、凄まじい剣幕でまくしたてる怒鳴り声が聞こえてきた。
その怒鳴り声を聞いた私は「こりゃ、相手はただ者ではないな」と直感。
と同時に、「早く何とかしなければ、他のお客様がびびってしまう・・・」と憂慮。
とは言いながら、オーダー売場を擁する重衣料部門は私の担当外。
「対岸の火事」見物よろしく、その様子を伺っていた。
正確に言うと、私の居た場所からオーダー売場は死角になっているので、怒鳴っている顧客の姿も対応している店員の姿も見えない。
なので、その声だけに耳を立てていた。
しかし、聞こえてくるのは引き続き顧客の怒鳴り声ばかり。
「こりゃ、ますますえらいことになってるな」と、半分呑気な野次馬気分。
であったはずだったのだが、声のする方向からオーダー売場のメーカーからの派遣販売員がこちらのほうにやって来る。
困った様な視線を、私の方に向けて。
ん?俺を見てる?
な~んか、イヤな予感だ。
で、そのイヤな予感はすぐさま現実のものとなる。
「橋本さん、ちょっと来てもらえませんか?」とその販売員が私に言う。
私にしてみりゃ心の中で「えっ?何で?俺?」である。
「(おたくの)マネジャーは?」と聞くと、「休みです」との答えが。
続けて「それが、うちのマネジャーが昨日かけた電話の事で怒ってるんです」と言う。
「いやいや、それはいいんだけど、代わりのマネジャーならもうひとりカジュアル担当のマネジャーがいるし、彼の方がずっと長くこの店にいるわけだし、俺なんてまだ半年ちょっとだし、あなたとはまだ挨拶交わす程度だし。ねぇねぇ、お願いする順番違ってない?」と思ったが、そんな事を言うのもみみっちいし。
しょうがない、諦め気分で「対岸の火事」の現場だったはずの、オーダー売場に向かうことになる。
で、その道すがら急ぎ事情を聞くのだが、「商品代金の事で怒ってる」ぐらいしかその販売員さんも動揺してて私に説明できない。
「え~、たったそれだけの情報で対応しなきゃならないの?」と思ったが、これ以上掘り下げて聞く時間もない。
「なるようになれ!」との思いで、応接のソファに鬼の形相でふんぞり返っておられる顧客の前に進み出る。
和服をお召しである。
しかも、袴姿の。
片手には立派な杖も携えておられる。
そして、傍らには長身で角刈りのお付きらしき人が直立不動。
「ほらみろ、やっぱりただ者じゃないじゃないか」と心の中で。
と同時に、その顧客は「何だお前は?」って表情で私に鋭い視線を向けるのであった。
その視線は迫力満点であったが、私は直ちに名刺を差し出して名を名乗り、状況把握のため「どうされましたでしょうか?」と素直にお伺いする。
その顧客の言い分はこうだ。
①私はオーダースーツを何着も山川君(私も呼びに来た派遣販売員さん)から買っている常連客である。
②支払いはいつも買ってから1ヵ月以内には払ってきた。
③今回初めて支払いが1ヶ月超えてしまった。
④すると、昨日「早く支払え」と請求の電話があった。
⑤たった一度支払いが遅れたぐらいで常連客に対してけしらん。
⑥昨日電話をしてきた奴をここに連れて来い。
要約すると以上だが、実際には話が行ったり来たり、時に激昂したりで大変だった事は言うまでもない。
頭を垂れ、時に大きく頷き、時に同情を寄せる表情をしながら、ただただお伺いに徹したのであるが、さて、これからどうしたものか?
「連れてこい」とおっしゃる電話主についてはお休みだし、明日以降も引き合わせるのも電話させるのもやめたほうがよさそうだ。
つまり、この場を収めるには私がこの件について(すごくイヤだけど)引き取るしかない。
なので、「今後については私が対応させていただく」と言う事で、今日のところはご勘弁いただきたい旨をお伝えする。
それでも、暫くは電話主に対して悪態をついていたが、さんざん怒鳴られたので少しは気が済んだのかもしれない。
その日は、それでお帰りになった。
そして、その翌日、電話主のマネジャーに事情を聞いたところ「だって、払ってくれないんだもん」とあっけらかん。
きっと、こんな軽い調子で支払い請求の電話をしたのだろう。
「あとは私が引き続きやりますから」と言うしかなかった。
それからは、毎日開店と同時にその方からの電話攻勢である。
電話をしてきては、まず山川さんを呼び出し、そして「あの女を出せ!」と迫る。
その都度、私が電話を代わりなんとか取り成すのだが、最初のご来店の時も少々お酒が入ってる様子だったが、電話をかけてこられるときは思い切り酔っ払ってらっしゃる。
しかも、朝っぱらから。
で、半分以上何をおっしゃられてるのかわからない。
そんな会話に付き合わないといけない散々な日々が続くのであった。
そんなこんなで電話攻勢が10日間程度続いただろうか。
やっと、「支払いをする」との電話が山川さんに入る。
それはそれで有り難いのだが、「自宅に集金に来い」とのお達しがあったとのこと。
聞けば、自宅集金などこれまで一度もなかったらしく「事務所に来い」よりましかもしれないが「自宅に来い」もなんか危うい。
となると、派遣販売員である山川さんひとりで行かせるわけにはいかない。
私も一緒に自宅へお伺いすることにしたのである。
さて、顧客宅にお伺いする当日がやって来た。
その前日の憂鬱なこと憂鬱なこと。
この憂鬱さは広島店で同業者の方から「明日行くけぇ待っとけ」と電話で言われれたて対応をした時以来だ。
顧客のご自宅は巣鴨商店街の近く。
おのぼりさんの私にとって、お江戸観光スポットの優先順位としてはずっと後の後。
と言うか、こんな事でもなければ巣鴨商店街見物などすることもなかっただろう。
なので「これはこれで良かった事にしよう」と思うことにした。
とは言いながら、実際は用件が済むまではのんびり商店街をブラつく余裕などあるはずもなく、刺抜き地蔵さんも横目でチラッと見ただけだ。
顧客との約束時間に余裕を持って派遣の山川さんと共にお店を出たが、まずは事前に顧客宅を確認することが先決。
その確認は早すぎて早すぎることはない。
一目散に顧客宅を目指す。
お宅は巣鴨商店街を少し歩き、右の道へ入ってまもなくのところにあった。
約束の時間まで20分少々の前には家を確認することができた。
大きくもなく小さくもなく、古くもなく新しくもないごく意外と普通のお宅であった。
約束の時間までは、そのお宅から少し離れた場所で山川さんと共に時間を潰す。
その時の二人の会話は「酔っ払ってなきゃいいね」と「ほんとに払ってもらえるかね」ぐらいだったと覚えている。
そして、いよいよ約束の時間となった。
「さぁ」と心の中で気合を入れ呼び鈴を押す。
野太い声で顧客が出てこられるのを予想していたが、その予想に反して女性の声が。奥様が出迎えられたのである。
その、奥様。
どちらかと言えば、品のあるご婦人で、とてもあの怖い顧客の奥様とは思えない。
「遠いところわざわざすいませんねぇ」と恐縮されながら、丁寧に応接室へ案内していただいたのであった。
が、その応接室が威圧感満載だったのである。
まず、応接のテーブルにはガラス板が乗せてあり、そこへ名刺交換したのだろう様々な威圧感ある名刺が敷き詰めてある。
そう、7~8枚はあっただろうか。
さらに、正面の壁に視線を転じれば、表彰状のようなものが。
ん?と思ってよく見れば「感謝状」とある。
さらに、その内容を読み進めば「30数年の永きにわたり、会の為に尽くされ・・・」云々と、永年勤続表彰?と思われる様なことも書かれている。
そして、組織の象徴たる代紋がここにも「どか~ん」と言った感じで目に迫る。
普通、応接に案内された場合、そこには顧客の自慢のモノが飾ってある場合が多く、それを察知して話を振るのが喜ばれるのだが、今回の場合はそう言った振りはふさわしくないのでよすことにした。
ただただ、それらのモノに威圧されながらも、顧客が現役を引退されて今は顧問のような仕事をされてること。
感謝状を貰うほどだから、その組織で活躍?されてたこと。
なので、始末に終えないチンピラではないだろうこと等を確認したのであった。
そうこうしながら待ってると、件の顧客登場である。
お店に来られた時も大きく見えたのであるが、お宅の部屋のスペースの中で見るともっと大きく見える。
ただ、今日は怒鳴るということはなく、このクレームの肝である「常連なのに信用されなかった」点について繰り返し言われるのであった。
その点については、重ねてお詫び申し上げ、今までのお買い上げについて感謝の気持ちを懸命に伝える。
これは、このクレーム対応の中盤ぐらいからいつも励行してきたことだ。
今日もそれに徹することと決めていた。
そして、顧客の話を10分程度聞いた頃だろうか、顧客が「お~い、◯◯子」と奥様をお呼びになった。
「はい、ただいま」と言う声が聞こえ、まもなく奥様が応接に入ってこられ顧客に封筒をお渡しされる。
その封筒を受け取った顧客が自らの手元に置かれたのに目をやると、金額が表書きされている。
その金額は、今日、集金するべき金額ぴったりであった。
「払って頂けるんだ、良かった」と安堵の気持ちと同時に、封筒に金額を記すというその几帳面さに少々感激していると、「遅くなったが・・・」と封筒を差し出される。
丁重に両手で受け取ると、「中をちゃんと確かめないと、少ないかもしれんで」と冗談ぽく言われ、初めて笑顔らしき?表情をされたのであった。
その後、応接の席を立つまでどんな会話をしたのかはよく覚えていない。
ただ、帰り際に奥様から「これ、有名な芋菓子なのよ」と手渡されたお土産を片手に、巣鴨商店街を歩いて帰ったのだが、なぜか早くお店に帰りたい気持ち一心で、足早に巣鴨商店街を後にした事。
足早ながらも、当時話題になっていた赤いズロースが、洋品店の店先にずらりと並んでいたのだけは鮮明に覚えているのである。

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紳士服オーダー売場の方から、凄まじい剣幕でまくしたてる怒鳴り声が聞こえてきた。
その怒鳴り声を聞いた私は「こりゃ、相手はただ者ではないな」と直感。
と同時に、「早く何とかしなければ、他のお客様がびびってしまう・・・」と憂慮。
とは言いながら、オーダー売場を擁する重衣料部門は私の担当外。
「対岸の火事」見物よろしく、その様子を伺っていた。
正確に言うと、私の居た場所からオーダー売場は死角になっているので、怒鳴っている顧客の姿も対応している店員の姿も見えない。
なので、その声だけに耳を立てていた。
しかし、聞こえてくるのは引き続き顧客の怒鳴り声ばかり。
「こりゃ、ますますえらいことになってるな」と、半分呑気な野次馬気分。
であったはずだったのだが、声のする方向からオーダー売場のメーカーからの派遣販売員がこちらのほうにやって来る。
困った様な視線を、私の方に向けて。
ん?俺を見てる?
な~んか、イヤな予感だ。
で、そのイヤな予感はすぐさま現実のものとなる。
「橋本さん、ちょっと来てもらえませんか?」とその販売員が私に言う。
私にしてみりゃ心の中で「えっ?何で?俺?」である。
「(おたくの)マネジャーは?」と聞くと、「休みです」との答えが。
続けて「それが、うちのマネジャーが昨日かけた電話の事で怒ってるんです」と言う。
「いやいや、それはいいんだけど、代わりのマネジャーならもうひとりカジュアル担当のマネジャーがいるし、彼の方がずっと長くこの店にいるわけだし、俺なんてまだ半年ちょっとだし、あなたとはまだ挨拶交わす程度だし。ねぇねぇ、お願いする順番違ってない?」と思ったが、そんな事を言うのもみみっちいし。
しょうがない、諦め気分で「対岸の火事」の現場だったはずの、オーダー売場に向かうことになる。
で、その道すがら急ぎ事情を聞くのだが、「商品代金の事で怒ってる」ぐらいしかその販売員さんも動揺してて私に説明できない。
「え~、たったそれだけの情報で対応しなきゃならないの?」と思ったが、これ以上掘り下げて聞く時間もない。
「なるようになれ!」との思いで、応接のソファに鬼の形相でふんぞり返っておられる顧客の前に進み出る。
和服をお召しである。
しかも、袴姿の。
片手には立派な杖も携えておられる。
そして、傍らには長身で角刈りのお付きらしき人が直立不動。
「ほらみろ、やっぱりただ者じゃないじゃないか」と心の中で。
と同時に、その顧客は「何だお前は?」って表情で私に鋭い視線を向けるのであった。
その視線は迫力満点であったが、私は直ちに名刺を差し出して名を名乗り、状況把握のため「どうされましたでしょうか?」と素直にお伺いする。
その顧客の言い分はこうだ。
①私はオーダースーツを何着も山川君(私も呼びに来た派遣販売員さん)から買っている常連客である。
②支払いはいつも買ってから1ヵ月以内には払ってきた。
③今回初めて支払いが1ヶ月超えてしまった。
④すると、昨日「早く支払え」と請求の電話があった。
⑤たった一度支払いが遅れたぐらいで常連客に対してけしらん。
⑥昨日電話をしてきた奴をここに連れて来い。
要約すると以上だが、実際には話が行ったり来たり、時に激昂したりで大変だった事は言うまでもない。
頭を垂れ、時に大きく頷き、時に同情を寄せる表情をしながら、ただただお伺いに徹したのであるが、さて、これからどうしたものか?
「連れてこい」とおっしゃる電話主についてはお休みだし、明日以降も引き合わせるのも電話させるのもやめたほうがよさそうだ。
つまり、この場を収めるには私がこの件について(すごくイヤだけど)引き取るしかない。
なので、「今後については私が対応させていただく」と言う事で、今日のところはご勘弁いただきたい旨をお伝えする。
それでも、暫くは電話主に対して悪態をついていたが、さんざん怒鳴られたので少しは気が済んだのかもしれない。
その日は、それでお帰りになった。
そして、その翌日、電話主のマネジャーに事情を聞いたところ「だって、払ってくれないんだもん」とあっけらかん。
きっと、こんな軽い調子で支払い請求の電話をしたのだろう。
「あとは私が引き続きやりますから」と言うしかなかった。
それからは、毎日開店と同時にその方からの電話攻勢である。
電話をしてきては、まず山川さんを呼び出し、そして「あの女を出せ!」と迫る。
その都度、私が電話を代わりなんとか取り成すのだが、最初のご来店の時も少々お酒が入ってる様子だったが、電話をかけてこられるときは思い切り酔っ払ってらっしゃる。
しかも、朝っぱらから。
で、半分以上何をおっしゃられてるのかわからない。
そんな会話に付き合わないといけない散々な日々が続くのであった。
そんなこんなで電話攻勢が10日間程度続いただろうか。
やっと、「支払いをする」との電話が山川さんに入る。
それはそれで有り難いのだが、「自宅に集金に来い」とのお達しがあったとのこと。
聞けば、自宅集金などこれまで一度もなかったらしく「事務所に来い」よりましかもしれないが「自宅に来い」もなんか危うい。
となると、派遣販売員である山川さんひとりで行かせるわけにはいかない。
私も一緒に自宅へお伺いすることにしたのである。
さて、顧客宅にお伺いする当日がやって来た。
その前日の憂鬱なこと憂鬱なこと。
この憂鬱さは広島店で同業者の方から「明日行くけぇ待っとけ」と電話で言われれたて対応をした時以来だ。
顧客のご自宅は巣鴨商店街の近く。
おのぼりさんの私にとって、お江戸観光スポットの優先順位としてはずっと後の後。
と言うか、こんな事でもなければ巣鴨商店街見物などすることもなかっただろう。
なので「これはこれで良かった事にしよう」と思うことにした。
とは言いながら、実際は用件が済むまではのんびり商店街をブラつく余裕などあるはずもなく、刺抜き地蔵さんも横目でチラッと見ただけだ。
顧客との約束時間に余裕を持って派遣の山川さんと共にお店を出たが、まずは事前に顧客宅を確認することが先決。
その確認は早すぎて早すぎることはない。
一目散に顧客宅を目指す。
お宅は巣鴨商店街を少し歩き、右の道へ入ってまもなくのところにあった。
約束の時間まで20分少々の前には家を確認することができた。
大きくもなく小さくもなく、古くもなく新しくもないごく意外と普通のお宅であった。
約束の時間までは、そのお宅から少し離れた場所で山川さんと共に時間を潰す。
その時の二人の会話は「酔っ払ってなきゃいいね」と「ほんとに払ってもらえるかね」ぐらいだったと覚えている。
そして、いよいよ約束の時間となった。
「さぁ」と心の中で気合を入れ呼び鈴を押す。
野太い声で顧客が出てこられるのを予想していたが、その予想に反して女性の声が。奥様が出迎えられたのである。
その、奥様。
どちらかと言えば、品のあるご婦人で、とてもあの怖い顧客の奥様とは思えない。
「遠いところわざわざすいませんねぇ」と恐縮されながら、丁寧に応接室へ案内していただいたのであった。
が、その応接室が威圧感満載だったのである。
まず、応接のテーブルにはガラス板が乗せてあり、そこへ名刺交換したのだろう様々な威圧感ある名刺が敷き詰めてある。
そう、7~8枚はあっただろうか。
さらに、正面の壁に視線を転じれば、表彰状のようなものが。
ん?と思ってよく見れば「感謝状」とある。
さらに、その内容を読み進めば「30数年の永きにわたり、会の為に尽くされ・・・」云々と、永年勤続表彰?と思われる様なことも書かれている。
そして、組織の象徴たる代紋がここにも「どか~ん」と言った感じで目に迫る。
普通、応接に案内された場合、そこには顧客の自慢のモノが飾ってある場合が多く、それを察知して話を振るのが喜ばれるのだが、今回の場合はそう言った振りはふさわしくないのでよすことにした。
ただただ、それらのモノに威圧されながらも、顧客が現役を引退されて今は顧問のような仕事をされてること。
感謝状を貰うほどだから、その組織で活躍?されてたこと。
なので、始末に終えないチンピラではないだろうこと等を確認したのであった。
そうこうしながら待ってると、件の顧客登場である。
お店に来られた時も大きく見えたのであるが、お宅の部屋のスペースの中で見るともっと大きく見える。
ただ、今日は怒鳴るということはなく、このクレームの肝である「常連なのに信用されなかった」点について繰り返し言われるのであった。
その点については、重ねてお詫び申し上げ、今までのお買い上げについて感謝の気持ちを懸命に伝える。
これは、このクレーム対応の中盤ぐらいからいつも励行してきたことだ。
今日もそれに徹することと決めていた。
そして、顧客の話を10分程度聞いた頃だろうか、顧客が「お~い、◯◯子」と奥様をお呼びになった。
「はい、ただいま」と言う声が聞こえ、まもなく奥様が応接に入ってこられ顧客に封筒をお渡しされる。
その封筒を受け取った顧客が自らの手元に置かれたのに目をやると、金額が表書きされている。
その金額は、今日、集金するべき金額ぴったりであった。
「払って頂けるんだ、良かった」と安堵の気持ちと同時に、封筒に金額を記すというその几帳面さに少々感激していると、「遅くなったが・・・」と封筒を差し出される。
丁重に両手で受け取ると、「中をちゃんと確かめないと、少ないかもしれんで」と冗談ぽく言われ、初めて笑顔らしき?表情をされたのであった。
その後、応接の席を立つまでどんな会話をしたのかはよく覚えていない。
ただ、帰り際に奥様から「これ、有名な芋菓子なのよ」と手渡されたお土産を片手に、巣鴨商店街を歩いて帰ったのだが、なぜか早くお店に帰りたい気持ち一心で、足早に巣鴨商店街を後にした事。
足早ながらも、当時話題になっていた赤いズロースが、洋品店の店先にずらりと並んでいたのだけは鮮明に覚えているのである。

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