デパートクレーム体験記

[第四話] パイロットの制服みたいにですか?

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前回のお話から6~7年ほど経った頃のお話。
外商から紳士用品に戻って1年目、売場業務のリハビリに勤しんでいた頃。
女性社員が「橋本さ~ん、ミラ・ショーンショップでお客さんが怒鳴ってて・・・」と血相変えて飛んで来た。

やれやれ、と思いながら行ってみれば、そこで怒鳴っていた顧客。
それはそれは、「チンピラを絵に描くとこうなる」姿なのであった。

短めのパンチパーマに薄紫色サングラス。
喜平の金ピカネックレスにブレスレッットに、これまた金ピカロレックス(いずれも本物かどうかは不明)
で、手にはオーストリッチの手提げセカンドバッグ、足元はクロコのシューズ。「うわぁ~、まいったなぁ」と思ったが他の社員の手前怯むわけにもいかない。
なので、怒鳴り散らしているその顧客にススと駆け寄り「どうされました?」」とお伺いする。

すると、「どうもこうもありゃせんわい、これ見てみいや、どうなっとるんなら!」と捲くし立てながら穿いてるスラックスの裾を指差す。
どうやら、裾上げの縫製が甘く、糸がほどけて折り返し部分がずり落ちてしまったようだ。
こりゃ、こちらのミスであり苦情を言われるのもしょうがない。
ま、ここまで怒鳴り散らすほどの事でもないが、ミスはミスなのでお詫びをする。が、何を言っているかわからない早口の怒鳴り声は続く。
しょうがない。
気の済むまで怒鳴っていただいき、一息つくのを待つことにした。

で、その一息を待って「申し訳ございませんでした、今すぐお直し致しますので」と言うと、「ちゃんとせえよ、ちゃんとぉ。またこがいに(この様に)なったらこらえんどぉ」と言いながらその場でスラックスを脱ぎ始める。

いやいや、ここじゃまずい、もうパンツが半分見えてる。
「あ~ぁ、お客様、ご案内しますのでこちらで」と慌ててフィッティングルームへご案内すると「くっそめんどくさいのぉ」と言いながらフィッティングへ。
その後、脱がれたスラックスを預り「大至急お直ししますので、しばらくお待ちください」と添えてお直し場へ急行。
速攻で処理してもらい、売場へ取って返す。

顧客はフィッティングに入ったまま待機。
で、お直ししたスラックスをフィッティングの少し開いたドアごしに渡し、改めて穿いていただくのを待つ。
しばらくゴソゴソと音がした後、ドアが「バン」と開く。

「いかがでしょう?」と問うと「おぅ、ええわい」と言いながらフィッティングを出てこられる。
そして、改めてお詫びを申し上げると、「あんたぁ、どういうんなら?」と言われるので、名刺を差し出し名を名乗る。
すると、その顧客もオーストリッチのセカンドバックから名刺入れを出し、名刺を私に。
その名刺には「大日本○○○○会 会長 長谷川 ○○」と仰々しい肩書きと名前が。

「やれやれ、右翼さんだったかぁ」、と思いながら初めてお名前を確認できたので、「長谷川様、このたびは本当に申し訳ございませんでした」と言うと、「こがいなことしよっちゃ、つまりゃせんので」と少し落ち着いた口調で。
なんとか納まる気配になってきた。

確かにこんな初歩的なミスは許されないし、修理品上がりのチェックの怠りは厳重注意もの。
おっしゃるとおりである。
再度、深々と頭を下げお詫びすると「また来るわ、のぅ、橋本さん」と。

うわっ、名前で呼ばれたよ。
と言うことは「今度来られた時にはご指名されたりして?」なんて半分くらい思いもしたが、まぁ、「もう来られることもあるまい」と思い直してお見送り。
その後ショップの派遣さんに確認しても、初めてのお買い上げとの事。
「うん、たぶんもう来ないな」と確信したのであった。いや、確信したかったのであった。
しかし、そんな希望的確信など翌日に早々と吹っ飛んでしまうことになったのである。

そして翌日。
前日の事などすっかり忘れて店頭に立っていると、女性社員が「橋本さん、長谷川さんが尋ねて来られてます」と。
その名前から当然の如く昨日の事件を思い出し「え、なになに?またスラックその裾でもほどけた?」と思い長谷川さんが待ってるところへ向かう。
その場所は、エスカレーターの前、後姿が見える。
後頭部までパンチパーマでチリチリの。

急ぎ駆け寄りながら、何か怒ってる?と思いながら「長谷川さま、いらっしゃいませ」と後方から声をかける。
すると、その声に気付いて振り返った長谷川さん。
満面の笑みで「おうっ、橋本さん」と返してきたのである。
想定外の「満面の笑み」に一瞬たじろぎながら、「昨日は大変失礼いたしました、(スラックスは)その後問題ありませんか?」と問う。
すると、「うん、うん、これっ」と穿いているスラックスを指しながら「ええで」と。
なるほど、さっそく穿いてらっしゃる。
大丈夫そうだ。

スラックスの件で来られたのではないと言うことは、「今日はまた何か買い物でも?」と思いながら用件を言われるのを待つ。
しかし、長谷川さんは笑顔で売場を何気に見渡しながらしばらくの間立っているだけ。
この間がしんどい。
なので、「今日は何かお探しのものでも?」と問えば、「いや、そうじゃない」とおっしゃる。
「じゃ何なの?」と思って待っていてもその後の言葉はなし。
「う~ん、困った」であるが、今日は「スラックスは大丈夫だった」事を報告に来て頂いたんだな、そのスラックスを穿いて来店されて、と思うことにした。

が、このまま二人で売場に立っているのも所在ないし、正直、他のお客さんに長谷川さんの姿を目に触れさせるのもあまりよろしくない。
実際、通りすがりに私たちを見るお客様の目は訝しそうだ。
なので、仕方なく7階のレストランでコーヒーでも、と思いご案内することにする。
ここでも、他のなるべくお客様の目につかない様、隅っこに。

コーヒーを注文し「さて、何を話したものか?」と思っていたのだが、座ると長谷川さんは雄弁になる。
話した内容まで今となっては覚えていないが、コーヒーが運ばれてからはまったく会話に困らなかったと記憶している。
そうして、その日を無事終える事になったのだが、その後も二日と開けず来店されるようになる。
その都度、レストランにご案内し、会話に付き合うことになる。
「買わないなら来ないで」とも言えないし、かと言ってあの姿で売場をじっくり見て回られるのも困る。
なので、この選択しかなかったのだ。

とは言いながら、会話が苦痛と言うわけでもなく、普通に楽しく会話できる間柄になっていった。
そんなこんな日々が一ヶ月くらい続いた頃だろうか。
紳士服のバーゲン会場でブレザーをお買い求めいただくことに。
がしかし、それにはとんでもない注文がついてきたのである。

ブレザーをお買い上げいただいたのは良いのだが、それについてきたとんでもない要望とは。
サイズもバッチリで直すところもなし。
すぐにお持ち帰り頂けるのでその準備をしていたその時、「橋本さん、これ、パイロットの制服みたいにしたいんじゃが、どうかね?」と。
ん?パイロット?
ちょっと私の頭の中が混乱してしまったので、「パイロット・・・の制服みたいに・・・ですか?」と確認すると。
「ほうよ、袖んところに3本ぐらい、こう、金色の線がはいっとるじゃろう。あれをつけよう思うんよ」
と袖口を指しながら一生懸命説明される。

「こりゃ、金モールの袖章の事を言ってるな」とようやく意味がわかったのだが、そんな事したらせっかくのブレザーが台無しになる。絶対に止めた方が良い。
何より、「長谷川さんのためにも即座に断念させねばならない」と思ったのであるが、「できるよねぇ」と目を輝かせながら言われるので、「じゃ、ちょっと、修理担当に聞いてみましょう」と言ってしまったのである。

お直し場に入り「これこれこうして欲しい言われるんですけど、できます?」と苦笑いしながら聞いたら、あっさりと快活に「できますよ!」と。
そりゃまぁ出来るだろうけど、私としては「え~っ?そんな事するんですか?」と驚いて欲しかったし、「止めた方がいいんじゃないですか?」と言う意見も聞きたかったのではあるが、まぁ、しょうがない。
それに、長谷川さんの目の輝きを見た時には、もう半分は「やってあげようかな」とも思っていたのだ。
そんなこんなで、最終的には要望を受ける事に。
袖章も機長タイプの4本に決めて。(なるべく少ない方が良いと思ったが、こうなりゃいくとこまでいっちゃえ・・・と)
修理期間は1週間を頂いた。

そして、一週間後。
出来栄えは・・・そりゃ、きちんと縫製されているが、想像通り珍妙な出来具合であった。
ダブルのブレザーならまだバランス的にマシだったかもしれないが、そのブレザーはシングルだったので余計に珍妙だった。
なので、出来上がりを見て「やっぱりこれ(袖章)はずして」なんて言わないだろうなぁ、との不安がよぎる。
が、まぁ、その時はその時だ。
と思いながら出来栄えチェックをしてた頃、長谷川さんが朝一で来店された。

「橋本さん、ええがいにできたかね?」といつもの笑顔。
「はい、カッコ良くなりましたよぉ」と私。
そうして、出来上がった機長バージョンブレザーを差し出すとますます笑顔になる長谷川さん。早速手に取りご試着。
鏡に映ったご自身を見て、「どうかいね?」とは言いながらもかなりご満悦の様子。
正直、ちっとも良いとは思わないが「いいっすね~」と私。

でも、満足いただいた事に関しては正直嬉しくもあった。
こうして、凄まじい勢いで怒鳴られてから一ヶ月と少々で満面の笑顔をいただいたわけであるが、結論から言うと、この日の来店が長谷川さんとの最後となる。
ブレザーを持って帰られた日を境に、長谷川さんはぱったりと来店されなくなったのである。

1週間が経ち、2週間が経っても来店されない。
「もしかして、あのブレザーやっぱり拙かったのかな?」
「着たところを誰かに何か言われてショックだったのかな?それでうちにも来れなくなったのかな?」
色んな事を考え、心配でもあったがこちらから連絡するのはためらわれた。
個人的に、この段階ではもう長谷川さんの事を疎ましくは思わないが、やはり、お店にとって歓迎すべき顧客とは言い難い。
なので、結局、私から連絡することはしなかった。

そうして時は過ぎ、半年程が経過した閉店間近、次の催事準備にバタバタしていた時、交換経由で一本の外線が私に。
その電話の主は長谷川さんだった。

「いや~、お久しぶりですねぇお元気でしたか?」と電話に出ると、「橋本さん、それが元気じゃないんよ」と。
そう言えば、いつものハリのある声とは違う、「本当にあの長谷川さんか?」と思ったほどだ。
「どうしました?」と聞けば、「わしゃ、ガンかもしれん言われて今、呉の△△病院に入院しとるんよ」と。
続けて、「橋本さんにはお世話になったしの、そうそう、あのブレザーみんながええのぅ~言うてくれたで」と。
「みんながええのぉ~言うてくれたで」は置くにしても、わざわざ電話してくれた事がうれしかった。
で、迷った。
お見舞いに行くべきか否か?
病院の名前まではっきり言われたということは・・・。

お店にとっては、他の顧客に威圧感を与える風貌、出で立ちはふさわしくない。
お買い物も、応接時間の割りには多くない。
クレームのあとはバーゲンで3万円満たないブレザー1着、しかも面倒な要望付き。そう考えると、お見舞いは不要と考える。
しかし、闘病の中、私にわざわざ感謝の気持ちを伝える電話をくれたし、よくよく付き合ってみると純粋で私なんかよりよほど真っ直ぐな人だ。
迷った。
迷ったが、結局、私は前者の方をとった。

そして、その後、長谷川さんからの電話も来店もなかった。
もしも、病気が治っていたら電話だってあるだろうし、お店にも来てくれたであろう。
いずれにしても、連絡してくれないはずがない。
そんな事を考えると、やはりあれから闘病の甲斐もなく、なのか・・・。

なんとも、悲しくも寂しい思いで締めくくるクレーム物語の顛末なのであります。



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