[第一話] 後輩からの怖~い引継ぎ
お中元お歳暮はデパートの稼ぎ頭と言っていいイベント。
どこのデパートも催事会場をギフトセンターにして大勢のお客様の集客を図っている。
今回の物語は、若かりし日そのギフトセンターの担当をしていた時のお話である。
その電話は、久々の休日にくつろぎ、晩酌でほろ酔い気分になっていた時かかってきた。
ギフトセンターの後輩の藤村くんからだ。
「今日あの竹下さんから電話がかかってきて、むちゃくちゃ怒鳴られました」と。
*あの竹下さん=常連のとある組の組長さん
なんで?と聞けば。
「今回送られてきた、事前プリントの先様の名前が間違っていた」とのこと。
*事前プリント=お客様の手間を省くため、前回書いていただいた先様の住所・お名前をプリントしたもの
そりゃ怒られても仕方ない。
が、調べてみると、前回は正しく発送されており、今回先様のデータを入力する際間違えたことがわかり。
その事をを竹下さんに伝えたが、とりつく島もなく「どうしてくれるんな!明日行くけ待っとれ!」言われましたと。
で、藤村くん。
「わたし明日休みなので。橋本さんの名前を伝えておきました」と。
橋本とは私の事である。
え?
なんで俺?
俺、責任者でもないし、ぺいぺいなのになんで俺なん?
思ったが、後輩の手前「わかった」と言って電話を切る。
その後、ほろ酔い気分は吹っ飛び。
暗澹たる気持ちになったのは言うまでもない。
後輩からの怖い引継ぎから一夜明け、いよいよ出勤である。
火打石でもあれば、安全祈願のため「カッチ!カッチ!」とでもやって見送って貰いたいものだが、残念ながら我が家にはそんなものはない。
ネクタイをギュッと締め直して気合を入れての出勤であった。
お店に到着後ただちに以下を確認する。
➀私は竹下さんご来店まで片時も売場を離れることなく、さらにフリーハンドでなければならない。
➁お持ち帰り商品等、竹下さんのお届け品以外の要望があった場合、迅速に対応する為の補助として、もうひとりフリーハンドの社員が必要。
③総務への報告は前日藤村くんが済ませておいたので、警備員の配置最終確認。
以上の確認を済ませ、朝礼で全メンバーに周知徹底し、いよいよ開店のベルが鳴る。
心の準備はできている。
まずは烈火のごとき勢いで怒鳴られる、もしくは、地を這うような低い声で凄まれる。
いずれにしても、その時はただただ頭を下げるのみ。
そして、相手が落ち着かれた折を見計らって、私の言葉を受け入れそうであったら、ミスに至った経過を報告する。
その内容をご理解いただき、さらに、受け入れていただけるかどうかはわからない。
ダメならダメでその時はその時。
自然体で、私のあるがままで対応していこう。
そう覚悟を決めていた。
そして開店から1時間、2時間。
正午を過ぎても来られない。
さらに待つこと3時間、4時間。
蛇の生殺し状態は続く。
午後2時過ぎ頃だったか、一番の責任者であるギフトセンター長が見当たらないで「どうした?」と聞けば、食事へ行ったとのこと。
「へぇ~行くんだ、こんな時に、それも大事を控えている部下に黙ってこっそりと・・・」である。
で、午後3時くらいになると警備員が私の傍らにやって来て「食事行ってくるわ、竹下さんが来たら呼んでくれればいいから」と言い残して食事へ行った。
「えっ?呼びに行って来てもらった時には手遅れになってない?」と思ったが諦めた。
そんなこんなで時は過ぎ、今日は来られないかもと思ってた夕方5時ごろ、いよいよ竹下さんの姿か遠くに見えたのである。
クレーム対応はとにかく初動が大事。
こちらから素早く駆け寄りお詫びせねばならない。
なので、ギフトセンターへ来れれるのはエスカレーターを利用されるのか、それともエレベーターか。
双方からのルートを注視しながら待機を続ける。
そして「もしかしたら、今日は来られないかも」と思い始めた午後5時を過ぎた頃、竹下さんの姿がエレベータ方向に見えたのである。
しかも、高倉健さんばりの“着流し姿”の竹下さんの姿が。
竹下さんには何度もご来店いただいているが、“着流し姿”で来られたことはかつてない。となると、今日の“着流しの”意味は何?と思いながらも竹下さんのもとへ急ぎ駆け寄る。
竹下さんが立ち止まる。
すかさず「私、橋本も申します、竹下様でいらっしぃますか?」
すると「おぅ」と一言。
そのお返事をいただき「この度は大変申し訳ございませんでした」と深々と頭を下げる。
これからあとは、烈火のごとき勢いで怒鳴られる、もしくは地を這うような声で凄まれる、のどちらかで想定。
しかし、返ってきた言葉は「もうええわ、わかったけぇ。(商品を)選ぶけぇ待っとってくれ」だったのである。その後、竹下さんのお品選びの間、どこでどのようにして待っていたのか。今となってはその記憶はない。
そして、記憶が蘇ってくるのはカウンター席についての受注手続きの場面から。
10件ほどあるお届け先順に竹下さんが注文カードを渡しに差し出す場面からである。
その差し出された注文カードにある商品名を、私がお届け伝票に記入していく。
普段ならなんてことない作業だ。
「はい」と返事をして記入する。
いや、記入しようとするのだがペンが進まない。
え?どうして?
再度進ませようとするがペンが進まない。
「まずい。もたもたしてたら・・・」と焦りも生じる。
心の中で「う~ん」と力を込めてペンを動かす。
少しずつペンが動き出す。
しかし、そのあまりに遅い動きに左手を添えてしまいたいぐらいだった。
蛇に睨まれたカエルの気持ちがよくわかったような気がした。
やっとこさ最初の商品名を記入するのに、どれくらいの時間が経っただろうか。
そんなスピードで、2件目3件目と記入を続ける。
4,5件目くらいからだろうか、やっと普通のスピードで記入できるようになったのは。
そんなモタモタする私を見ながらも、竹下さんは静かに待っておられた。
そして、入金手続きも無事終えると竹下さんは「じゃ、よろしく」と言われ静かにギフトセンターを後にされた。
昨日、あれほどお怒りになっていた当方のミスについて一切触れることもなく。
そして、最後のお見送りをする。
「終わった~」とも「助かった~」との思いはなく、ただただ「渋くてかっこいい人だなぁ」と思いながら、遠くに見合えなくなるまで“着流し姿”の竹下さんを見送ったのであった。

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どこのデパートも催事会場をギフトセンターにして大勢のお客様の集客を図っている。
今回の物語は、若かりし日そのギフトセンターの担当をしていた時のお話である。
その電話は、久々の休日にくつろぎ、晩酌でほろ酔い気分になっていた時かかってきた。
ギフトセンターの後輩の藤村くんからだ。
「今日あの竹下さんから電話がかかってきて、むちゃくちゃ怒鳴られました」と。
*あの竹下さん=常連のとある組の組長さん
なんで?と聞けば。
「今回送られてきた、事前プリントの先様の名前が間違っていた」とのこと。
*事前プリント=お客様の手間を省くため、前回書いていただいた先様の住所・お名前をプリントしたもの
そりゃ怒られても仕方ない。
が、調べてみると、前回は正しく発送されており、今回先様のデータを入力する際間違えたことがわかり。
その事をを竹下さんに伝えたが、とりつく島もなく「どうしてくれるんな!明日行くけ待っとれ!」言われましたと。
で、藤村くん。
「わたし明日休みなので。橋本さんの名前を伝えておきました」と。
橋本とは私の事である。
え?
なんで俺?
俺、責任者でもないし、ぺいぺいなのになんで俺なん?
思ったが、後輩の手前「わかった」と言って電話を切る。
その後、ほろ酔い気分は吹っ飛び。
暗澹たる気持ちになったのは言うまでもない。
後輩からの怖い引継ぎから一夜明け、いよいよ出勤である。
火打石でもあれば、安全祈願のため「カッチ!カッチ!」とでもやって見送って貰いたいものだが、残念ながら我が家にはそんなものはない。
ネクタイをギュッと締め直して気合を入れての出勤であった。
お店に到着後ただちに以下を確認する。
➀私は竹下さんご来店まで片時も売場を離れることなく、さらにフリーハンドでなければならない。
➁お持ち帰り商品等、竹下さんのお届け品以外の要望があった場合、迅速に対応する為の補助として、もうひとりフリーハンドの社員が必要。
③総務への報告は前日藤村くんが済ませておいたので、警備員の配置最終確認。
以上の確認を済ませ、朝礼で全メンバーに周知徹底し、いよいよ開店のベルが鳴る。
心の準備はできている。
まずは烈火のごとき勢いで怒鳴られる、もしくは、地を這うような低い声で凄まれる。
いずれにしても、その時はただただ頭を下げるのみ。
そして、相手が落ち着かれた折を見計らって、私の言葉を受け入れそうであったら、ミスに至った経過を報告する。
その内容をご理解いただき、さらに、受け入れていただけるかどうかはわからない。
ダメならダメでその時はその時。
自然体で、私のあるがままで対応していこう。
そう覚悟を決めていた。
そして開店から1時間、2時間。
正午を過ぎても来られない。
さらに待つこと3時間、4時間。
蛇の生殺し状態は続く。
午後2時過ぎ頃だったか、一番の責任者であるギフトセンター長が見当たらないで「どうした?」と聞けば、食事へ行ったとのこと。
「へぇ~行くんだ、こんな時に、それも大事を控えている部下に黙ってこっそりと・・・」である。
で、午後3時くらいになると警備員が私の傍らにやって来て「食事行ってくるわ、竹下さんが来たら呼んでくれればいいから」と言い残して食事へ行った。
「えっ?呼びに行って来てもらった時には手遅れになってない?」と思ったが諦めた。
そんなこんなで時は過ぎ、今日は来られないかもと思ってた夕方5時ごろ、いよいよ竹下さんの姿か遠くに見えたのである。
クレーム対応はとにかく初動が大事。
こちらから素早く駆け寄りお詫びせねばならない。
なので、ギフトセンターへ来れれるのはエスカレーターを利用されるのか、それともエレベーターか。
双方からのルートを注視しながら待機を続ける。
そして「もしかしたら、今日は来られないかも」と思い始めた午後5時を過ぎた頃、竹下さんの姿がエレベータ方向に見えたのである。
しかも、高倉健さんばりの“着流し姿”の竹下さんの姿が。
竹下さんには何度もご来店いただいているが、“着流し姿”で来られたことはかつてない。となると、今日の“着流しの”意味は何?と思いながらも竹下さんのもとへ急ぎ駆け寄る。
竹下さんが立ち止まる。
すかさず「私、橋本も申します、竹下様でいらっしぃますか?」
すると「おぅ」と一言。
そのお返事をいただき「この度は大変申し訳ございませんでした」と深々と頭を下げる。
これからあとは、烈火のごとき勢いで怒鳴られる、もしくは地を這うような声で凄まれる、のどちらかで想定。
しかし、返ってきた言葉は「もうええわ、わかったけぇ。(商品を)選ぶけぇ待っとってくれ」だったのである。その後、竹下さんのお品選びの間、どこでどのようにして待っていたのか。今となってはその記憶はない。
そして、記憶が蘇ってくるのはカウンター席についての受注手続きの場面から。
10件ほどあるお届け先順に竹下さんが注文カードを渡しに差し出す場面からである。
その差し出された注文カードにある商品名を、私がお届け伝票に記入していく。
普段ならなんてことない作業だ。
「はい」と返事をして記入する。
いや、記入しようとするのだがペンが進まない。
え?どうして?
再度進ませようとするがペンが進まない。
「まずい。もたもたしてたら・・・」と焦りも生じる。
心の中で「う~ん」と力を込めてペンを動かす。
少しずつペンが動き出す。
しかし、そのあまりに遅い動きに左手を添えてしまいたいぐらいだった。
蛇に睨まれたカエルの気持ちがよくわかったような気がした。
やっとこさ最初の商品名を記入するのに、どれくらいの時間が経っただろうか。
そんなスピードで、2件目3件目と記入を続ける。
4,5件目くらいからだろうか、やっと普通のスピードで記入できるようになったのは。
そんなモタモタする私を見ながらも、竹下さんは静かに待っておられた。
そして、入金手続きも無事終えると竹下さんは「じゃ、よろしく」と言われ静かにギフトセンターを後にされた。
昨日、あれほどお怒りになっていた当方のミスについて一切触れることもなく。
そして、最後のお見送りをする。
「終わった~」とも「助かった~」との思いはなく、ただただ「渋くてかっこいい人だなぁ」と思いながら、遠くに見合えなくなるまで“着流し姿”の竹下さんを見送ったのであった。

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